よそ者が書いて馬鹿が読む「滋賀県は近江鉄道の影響で西武ファンが多い」説

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表題の言説の発端は、Jタウンというサイトが2014年と2017年7月に実施したアンケートとその推察として同サイトが出したコラムにある。この信憑性が微妙なものが出回り、Twitterなど一部で「滋賀県近江鉄道の影響で西武ファンが多い」という嘘豆知識が出回りつつある。

j-town.net

j-town.net

この言説は「①滋賀県は西武ファンが一番多く」、「②それは西武鉄道子会社である近江鉄道の影響である」という2段階の論理で成り立っている。

私個人の経験では親類縁者友人近所のおっさんに至るまで記憶を辿っても西武ファンが居た記憶が無く、①の段階で破綻しているのではないかとかなり疑っている。

 

そもそも地方私鉄の親会社が野球ファンに影響を与え得るのか

色々考えていくとここがまず怪しい。自家用車による生活が普及した地方で地方私鉄のさらにその親会社が日常的に意識されるだろうか?阪神電鉄西武鉄道のようなインターアーバンであれば沿線で暮らす住民は通勤通学買い物など、生活のあらゆる場面で鉄道の存在を意識せざるを得ない。いつも使う駅から球場へ行く電車が発着していたり、球団のロゴや選手がラッピングされた電車で都心へ出向くことがあればそれをきっかけに球団の勝敗や選手に関心を持つこともあるかもしれない。しかし、近江鉄道に乗っても西武ドームに行くことは出来ないし、何なら京セラドームに行こうとする奴もやってくる。

※参考*1

近江鉄道の影響」について

周知のように近江鉄道西武グループの100%子会社である。同社の事業はバス、レジャー事業など多岐に渡り、滋賀県民にとって馴染みが深い会社の一つと言える。

さて、その近江鉄道の路線だが、米原(県内唯一の新幹線駅)~彦根(県下第3の都市)~八日市~貴生川を結ぶ本線八日市近江八幡を結ぶ八日市線多賀大社への参詣路線である多賀線の3路線を有し、湖東地域を縦断している。ここで注目したいのが県庁所在地である大津市それに次ぐ第2の都市の草津市など、人口が集中する湖南地域には路線が全く存在しないということである。

さらに近江鉄道線はJR線と並走する区間が多い。大津・草津方面から鉄道を使用して移動すると、近江鉄道に乗らないと行けない地域は旧八日市市東近江市の中心部)など一部に限られる。その当の大津市民や草津市民がわざわざ八日市に向かう流動もあまりない。また、近江鉄道線全体の経営は芳しくなく、社として将来的な廃止の可能性にまで言及している。

残念な話ではあるが、近江鉄道に乗る機会の無い県民の方が多いと言わざるを得ない。

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滋賀県民のプロ野球ファン層

滋賀県民のプロ野球ファン層であるがこれは確実なことは言えない。ただ、県下は関西広域放送圏に属しており、テレビでは在阪局の阪神タイガースの応援報道や試合中継などの洗脳が日夜行われている。これを聞くと阪神ファンが多いのかと思いがちだが、そう単純ではない。

新聞においては、滋賀県には地元紙が存在しないことから、大手紙+京都新聞中日新聞がシェアを争っている。大手紙と京都新聞阪神タイガースに寄った報道をする中、中日新聞中日ドラゴンズを重点的に報道する姿勢を崩していない。湖北の名古屋志向の県民や中日新聞を購読している人々の中にはかなりの数のドラゴンズファンが居ることが推察できる。

県下の小売店では琵琶湖ネックレスチェーン構想を掲げ、覇を唱えた平和堂が有名だが、あの店は中日が優勝すれば中日応援セール、阪神が優勝した年は阪神応援セールを行うという節操の無いことをやっていた記憶がある。大津には西武大津ショッピングセンターがあるがここは西武のセールをやっていたし、近鉄百貨店草津店の応援セールは巨人だった*2。自分から挙げておいてなんだが、まったく当てにならない指標であることが分かる。

怪説がまかり通った理由について

Jタウンの人気投票の滋賀県1位が西武になった理由は、これも正確には分からない。2014年の調査では一目見て首を傾げる結果が他県でも見られるので単純に投票総数が少なかったことで偏った結果が出たのかもしれない。Jタウンというサイトを見ている年齢層が40~50代に偏っていれば西武黄金期を少年期に見た世代だけに結果が偏る可能性もあるだろう。また、票が割れたという可能性もある。この調査結果は2位以下の内訳を明らかにしていない。極端な話、阪神、中日、巨人、西武で4分に票が割れて26パーセントで西武1位の結果が出ている可能性もある*3

ともかくもこの説は多くの人に信じられた訳である。おそらく遠方では「東海か関西か分からない」「岐阜とどっちが東?」などと言われている滋賀県の存在感の薄さと、「西武の子会社なら影響力ありそう」という近江鉄道への雑なイメージが合わさって真実味を持った悲しい結果だろう。

滋賀県民各位

他人に「滋賀県近江鉄道があるから西武ファンが多いらしいね」と言われたら「西武ファンそんなにおらんし、近江鉄道そんなに影響力無いで」と否定しておきましょう。さもないと「滋賀県民は京都人・大阪人に怒ると『水止めるで』と言うらしい」というさっぶい作り話と同じ末路を辿ることになります。

*1:

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*2:大阪近鉄バファローズの消滅以降、近鉄百貨店は読売ジャイアンツと提携しているらしい

*3:小選挙区の問題点ですね

伊吹山麗の正の遺産、負の遺産 ― 住友大阪セメント 旧伊吹工場

関ヶ原米原の中間の山合に旧伊吹町という町があった。

奥伊吹、伊吹山と良雪に恵まれたスキー場の名前は関西では知られているが、そんなスキーで栄えた人口5000の町が合併で米原市となったのは2005年。そのかつての町役場の付近に工場があった。

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住友大阪セメント伊吹工場が閉鎖されたのは合併の2年前の2003年。東海道線から敷かれた専用線を模したホームが近くに設置されていた。

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20センチ弱ある積雪をかき分けて近くに行ってみたが、それらしき形が見えていた。

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ホームにあった説明板はあまり関係ない内容で落胆した。よく見ると往時の写真が小さく掲載されている。

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線路の延長線上を北に向かうと、工場の正門が見えてくる。鉄道線を引き込んでいた様子が伺えないので貨物輸送は閉鎖の随分前に無くなっていたのだろうか。

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近寄るとセコムの赤いシールが目を光らせていた。侵入は難しそうだ。

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巨大な煙突が遠くからこちらを見ている。

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周囲の道を進む。

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左折して工場の真ん中を突っ切れる道を発見。

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 雪の中こんな道を歩く物好きが他にも居るなと思いながら進んでいくと…

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巨大建造物が見えてきた。福島第一原発のようで荘厳だ。

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(撮影地:チェルノブイリ)とキャプションを付けたら騙される人が居そうだ。

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先ほどの煙突が右に映っている。

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中に入りたいな…f:id:zhongdanhai:20180208165536j:plain

この煙突は本当に大きい。閉鎖から15年が経とうとしているが、まだ倒壊の心配は無さそうだ

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通用門に辿り着いた。

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まあこの積雪では侵入したら足跡で丸わかりだから警備が無くても無理ということぐらいは分かる。ちなみに工場内は一切除雪されていないので40~50センチはあろうかという積雪だった。

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メタセコイアっぽい並木がシベリアのような雰囲気を醸し出している。

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住友大阪セメントと言えば以前行った多賀鉱山も同社の所有だったが、伊吹山系でのセメント採掘事業は既に終了しており、この地域全体から撤退している。

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この土地も他社に渡っているが、土壌汚染が深刻で跡地利用もままならない状況で結果的に放置という形になっているらしい。

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 公開すればマニアやコスプレイヤーの撮影などの需要もあろうに…と思いながら立ち去る夕暮れだった。

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zhongdanhai.hatenablog.com

少女終末旅行に終末は来ない(アニメ感想)

少女終末旅行というアニメーションが終わった。昨今のアニメはメディアミックス展開が当たり前となり、原作が完結していない作品を映像化する例が多い。少女終末旅行は「完結していない作品の終わり方」としてベストに近いものを見せてくれた。なお、私は原作未読組なので以下に登場する「この作品」という語は断りが無い限り今期に放送された12話までのアニメを指す。

「終わるまでは終わらないよ」の世界観

「終わるまでは終わらないよ」、ed冒頭で毎回流されるこの印象的なセリフがこの作品の世界観を支えている。滅んだ文明、殆どが死んでいるインフラ、散乱する兵器と戦いの傷跡、終末そのものである作品世界は1話から最終話に至るまで何の説明もなされない。主人公のチトとユーリが移動を続ける目的さえも明らかにはされない。こうした舞台設定に興味を抱き、真相を知りたがっていた視聴者は拍子抜けし、物足りないものを感じているに違いない。

しかし、説明がされないのは制作側の都合でも怠慢でもない。チトやユーリにとってこの「終わった世界」のすべてが自明のものであるからだ。世代間の情報格差デジタルネイティブ世代が取り沙汰される昨今であるが、あえてそれに近い情報の距離が視聴者と登場人物の間に設けられている。そしてその距離がバランサーとなって終末の世界に日常を生み出すことを可能にしている*1。自明である終末の世界の上に立つ日常であるからこそ、その日々に終わりはなく、終わらない。「終わるまでは終わらないよ」はこうして機能している。

 

終わらせない意味、終わらない理由

「ラストシーンの続き」は古今東西で物語を描く・観るにあたって必ず考えられてきた。歴史上で英雄的な活躍を遂げ、天寿を全うした人物の最期が醜く、みっともなかった例は多々ある。逆に全盛期に悲劇的な死を遂げた人物には世間の人気が集まり、物語になる。創作上でもヒーローは勝利の後どこかに去っていくか悲劇的な死を迎えるのが定石と言ってよいだろう。

少女終末旅行は人類が滅亡という敗北を迎え、人々がささやかな日常を失った*2というバッドエンドのルートではあるが「ラストシーンの続き」を描いている。現実の世界、人生を考えてみれば分かるが、致命的な出来事が発生しても世界、人生はそう簡単には終わってくれない。致命的なカタストロフィを迎えても苦しくとも辛くとも死ぬまで日常は続いていく。

決定的なカタストロフィの後の世界を描く作品に「セカンドインパクト」の新世紀エヴァンゲリオンがあるが、新世紀エヴァンゲリオンサードインパクトという本当の終わりを迎え、作品を終結させている。しかし同様に文明の崩壊後の世界を舞台に物語が進行していく少女終末旅行にはそうした本当の終わりは設定されていない。「いや、まだ原作未完だからアニメで描かれていないだけだろ」というツッコミもあるかもしれないが私はラストシーンのセリフから今後も描かれることは無いと考えている。

ユーリ「そうだ!チーちゃん、一番上に行ったらさ、そしたらその次は月に行こうよ!」

チト「月?」

ユーリ「行こうって言ったのチーちゃんじゃん」

チト「そうだっけ?でも月か。それもいいか。」

 どちらかが本当に死ぬまで終わらない(終わるまで終わらない)のが少女終末旅行の新規性であり魅力なのだ。

印象的なシーン

「ねえユー、人はなぜ生きるんだろうね」と尋ねたチトに対し、

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一呼吸置いてユーリはチトを殴る

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進路がズレて崖に突っ込もうとするケッテンクラート

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チトは慌てて進路を戻す

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崖に落ちそうなのにユーリがまったくのノーリアクション(しかも自分のせいで落ちそうなのに)なのがチトの運転を無条件に信頼しているユーリという関係性で好き♡

ここでユーリの肝の太さを見せることで5話の壁に激突しそうなシーン(居眠り運転、この事故未遂を受けてやむなく休憩する)の緊急性が際立つのも良い。

*1:現実的に考えれば少女2人がインフラの死んだ世界で生きていくのはあり得ないし、そのようなフィクションは視聴者の感覚が許さないだろう

*2:12話Aパートでささやかな日常がカメラに記録されていたという形で丁寧に描かれている

明るい現役廃墟商店街ーJR四日市駅前 三和商店街

石油コンビナートや四大公害病四日市ぜんそくでその名を知られる三重県四日市市県都津市を凌ぐ三重県下最大の都市であり、国際港湾でもあるその街の一角に戦後がある。

 

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JR線の中心駅であるJR四日市駅の外観。JRの中心駅と言うと賑わいがありそうなものだが、三重県近鉄王国。数百メートル離れた近鉄四日市駅周辺が繁華街となっているため、JR四日市駅は巨大な駅舎と比べて周囲の活気はまったく無い。

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内部も閑散としている。(券売機左横のJRの旅行代理店が潰れている)

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そんな状況だから当然キヨスクは無いが、ホットスナック自販機がある(昔のサービスエリアか?)。完全に過去の遺物のように思えるが新商品を投入している、根強いファンが居るのか?

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駅前は人口30万の都市にしては広すぎる一直線の大通りが伸びており、活気の無さも相まって昭和というより共産圏の首都のような趣。たぶん岐阜駅前の黄金の信長像を持ってくればもっとそれっぽくなる。

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そんな残念な状況の駅から徒歩2分という好立地にあるのが三和商店街である。

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駅チカ徒歩2分でこのインパクト。この倒壊が進む廃墟ながら営業する店が残る現役商店街廃墟という奇妙な物件が今回のメインである。(右手の喫茶店兼バーは現役)

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虚しく残る「明るい商店街」の文字。逆に入りづらい。

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2メートルも無い狭い路地を分け入ると異世界が広がっていた。正面の居酒屋「晴」と右手の提灯が掛かった居酒屋は現役だった。

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「力」

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インターネットの断片的な情報によると、この商店街は戦後のバラックの名残りらしい。

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近鉄とJRの四日市駅が離れた場所にあると先に述べたが、かつては隣接していた。1958年に近鉄が線形改良のために駅を現在の場所に移すまでは、この商店街の脇に線路があったらしい。線路脇の飲み屋街のバラックの生き残りということだろうか。

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山奥の鍾乳洞でももうちょっと明るいぞ!と言いたくなる。

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と、ここで営業中の店からオバチャンが出て来て「わっ!びっくりした!!」と驚かれた。

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こちらもまともな客では無いのでとっさに「すいません」と謝ったが、(従業員が店の前に人が居てびっくりするなよ…)と思い直す。

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こちら側は明るい(屋根が崩壊しているので)。

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「忍」

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店舗が営業中かどうかは店の入り口に貼ってある食品衛生協会の認証シールで判断している。毎年更新されているので営業中であれば平成29年のシールが貼られている。廃業した店は平成10年代前半か昭和60年代で更新が止まっている。昭和60年頃が最盛期だったのだろうか?

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「優」(一文字が流行ってたのか?)

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もう原型が無い。狭い路地なので撤去も難しいのだろう。

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「居酒屋」「お客様の健康を守る******設置の店」「危険」「頭上注意」「いらっしゃいませ」

展開される高度な情報戦。お客様の健康より安全を守ってほしいものだ。

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補強がなされているのか単なる棚なのか果たして…まあ店先に棚を設ける訳が無いが、だとすると誰がカゴやら木片を置いているのか謎である。(写真右のスナックアマンは現役)

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これが一番衝撃だった。150センチも無い高さに鉄骨の足場が組まれて「頭上注意」の注意書きがくぐれと命じている。暖簾をくぐる店を数多あれど「頭上注意」をくぐる商店街は間違いなくここだけだろう。

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ここをくぐって帰る酔っ払いの安全が心配だ。

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外から見た様子はこのようになっている。外側から建物内部に入れる構造になっていないようだ。

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写真を撮りながらぐるっと回って約30分弱。かなりコンパクトながら濃厚でお得感がある物件だった。戦後の名残りとも言える狭小商店街が70年近く生き残ってきたのは奇跡に近い。しかし防災が叫ばれる今のご時勢でこの脆弱すぎる一角がどれだけ寿命を長らえられるかは定かではない。内部の店がまだ営業中の間に訪れておくことをおすすめする。(営業中であることが確認できた店は路地内部に4軒、外周に3軒、業種は居酒屋、バー、スナック、洋食屋だった)

 

商店街の今後に思いを馳せながら駅のホットスナック自販機で唐揚げを買い、帰路に着いた。

衆院選なので街頭演説と選挙ポスターを撮ってきた

表題の通り。

ポスター

滋賀1区
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滋賀3区
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滋賀4区
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京都1区
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京都2区
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京都4区
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大阪10区
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街頭演説

JR大津駅前の嘉田由紀子第一声。川端達夫武村正義が応援演説をしていた。

武村翁は歳もあって声こそ弱々しかったものの背筋はシャキッとしていた。
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同じ場所で、対抗馬の大岡俊孝。大岡は今次の選挙で企業回りに重点を置いており、選挙カーを走らせたのは公示日、中日、最終日の3日間だけらしく運が良かった。
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JR南草津駅前。小川泰江。
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JR草津駅前、幸福実現党。ビラ配りの人数が意外と多く、候補を擁立してない区なのに気合いが入っていた。幸福の科学は候補が出ている2区が県内で一番信者が多いと聞くが、3区でもそれなりの数は居るのだろう。
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同じく草津駅前、共産党の石堂あつしと応援弁士の宮本岳志
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阪急桂駅、田中英之の応援で安倍晋三とニノ湯智と西田昌司
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偏向報道やめろ隊も駆け付けていた。
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偏向報道やめろ隊は目立とうとしているのか場所が取れないのかずっと周囲をウロウロしていた。私の前で演説を聞いていたガタイの良い兄ちゃん2人が「そろそろ俺らも行くか」と言って、おもむろにTBS糾弾プラカードを取り出してウロウロしている偏向報道やめろ隊に加わっていったのが印象的だった。
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恒例の安倍ちゃんハイタッチ。

JR茨木駅前、足立康史松井一郎。この日はこの為にわざわざ大阪9区を訪れたのにポスターを撮影するのを失念していた。
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足立康史は一見気の良いおっさんで、握手をしている姿からはツイッター魔神の片鱗は感じられない。ただ演説になると荒ぶりだして"そういう人"になっていた。松井一郎は普通にカタギに見えなかった。

大阪9区服部良一陣営。本人は居なかった。
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 むすび

嘉田、大岡と県内の注目候補を見ることが出来て概ね満足しているが、今回が最後の対決かもしれない伊吹vs穀田の京都1区両陣営を逃したのは痛かった。あと辻元清美の応援に来て話題になった小林よしのり枝野幸男も見ておくべきだった。

新・白亜の廃墟 ─ 豊洲市場巡検

廃墟ファンは、しばしば強い思い入れから凝った廃墟の異称を生み出すことがある。だいたいの場合は凝りすぎて滑っているのだが、センスがあれば人口に膾炙して定着することもある。

そうした傾向がある廃墟の異称だが、「白亜の~」という異称が定着した廃墟が2つあった。

1つは三重県の白石鉱山。「白亜の迷宮」と呼ばれたこの石灰石採掘施設は廃墟ファンのみならずコスプレイヤーの撮影等にも人気だったが、木造で火災の危険があり、5年ほど前に解体されてしまった。

もうひとつは「白亜の廃校」と呼ばれる岡山県の旧城南中学校だ。閉校後に石灰石関連施設に転用されていた珍しい例で、教室も廊下も白く染まっている。こちらはまだ現存している。

これらの物件が特別に「白亜」と呼ばれるのは「白い廃墟」の数が少ないからである。セピア色のような霞んだ色や生い茂る植物の緑色が印象に残る物件が多い廃墟界隈で、白という色は訪問者の記憶に特別の印象を残すと言えよう。

2017年、そんな白亜の廃墟候補の大型ルーキーが東京に現れた。

都政の空転から開業が延期されている豊洲市場である。

ゆりかもめで東から3駅目、開業に先走って名付けられた市場前駅で降りると都区内とは思えない閑散とした構内が待っている。この駅は東京23区で最も乗降客数が少ない。
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改札正面の出口はシャッターで塞がれている。この奥には市場敷地内に直結する通路があり、市場が開業していたらゆりかもめでここに来る関係者や観光客が必ず通る重要な導線となっているはずだった。

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そして改札左手には広大な空き地を挟んで奥に真っ白な市場本体が見えている。なおこれは青果市場棟で、水産卸売市場ではない。空き地には「千客万来施設」なる商業施設が開業するはずだったが、事業者(すしざんまい)の撤退で整備の見通しが立っていない。
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駅を降りると、モノレールの向こう側に管理棟が見えている。「豊洲市場」の看板が申し訳程度に隠されている。

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豊洲市場はまだ開業していません。

敷地内に入らないでください。

この建物の地下深くで涌き出している汚水が見つかったことが今回の騒動の始まりだった。
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環二通りの交差点の対角にあるのは水産仲卸売場棟。問屋から魚屋や寿司屋などの小売業者が水産物を買う市場で、この市場では一番規模が大きい。

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もっとも多くの業者が行き交う施設なので当然建物も一番大きく、近くで見るとその大きさと新築の白さに圧倒される。
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ちょっと分かりづらいが施設への入り口交差点である。覆いをかけられた信号が開業の時を待っている。
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反対側。左は管理棟で、連絡通路で繋がっている先にマグロの競りでお馴染みの水産卸売場棟となっている。
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西側の果てに着いたのは歩き続けて数分、ここから都道443号は晴海方面に大きくカーブしていく。
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水産卸売場棟の西側側面。数台車が停まっているところからすると、開業未定とは言えど都の職員か市場関係者が常駐しているのだろう。
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単なる搬入口がさながらバイパス道路のランプのように立派に整備されているのはさすが最新鋭の設備を謳う新市場といったところか。
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何もかもが新しい真っ白で巨大な施設だが、人っ子ひとり居ないのが妙な違和感を覚えさせられる。

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来た道を引き返し、青果棟南門前から青果棟を覗きこむ。
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遠目に見ると一見イオンモールの立駐入り口のように見えないこともない(田舎者の感想)
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 湾岸の土手と遊歩道が整備されているが、まったく人がいないのが大阪の咲洲を彷彿とさせる。(ここは未供用で入れないが咲洲は普通に供用中なのに人がいないのでもっとヤバい)階段が真っ白でコントラストが強い。
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何も書かれていない青看板というのも新鮮だ。
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無の看板があるのはこの環二通りが開通していないからで豊洲市場移転延期とは無関係…と思いきや、環二通りが開通していないのは築地市場の閉鎖が遅れているからで、結局都知事のせいということになる。

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周辺道路を一周し、すれ違った通行人は2~3人ほど。とにかくどこに行っても人がいない場所だった。閑散とした雰囲気の中、白い壁と誰もいない巨大施設に別れを告げて市場前駅から帰路に着いた。

締め

なんだか締まりの無い記事になってしまったが、これはダラダラと書いているうちに移転が決まってしまったからである。

これで豊洲市場が廃墟となる可能性は閉ざされてしまった訳だが、正直残念という気持ちがある。開業が決まった以上、新市場が風評をはねのけて繁盛することを祈るばかりである。

住友大阪セメント 旧多賀鉱山(イワス山)探訪

前回(幹線道路沿いの廃SL ─ 多賀SLパーク - 満洲事変)で廃SLを発見した後の記事。

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今回はこの物々しい注意書きが並ぶ林道の入り口から物件に向かう。厳しい坂で原付のエンジンが唸る。
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物の5分でもう路肩が埋もれて自然に還りつつあるが道のりは序盤戦である。
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地図で見ると分かりやすいがとんでもない悪路が延々続いているのだ。

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崖が崩れている。あと少しでもこの土砂に勢いがあればこの道は即廃道だったに違いない。
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そんなこんなしている間に、

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鋪装がなくなりバイクを捨て、
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いよいよ見えてきた。
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転がる白い石と石垣、これが今回この山奥に廃墟がある所以を物語っている。
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住友大阪セメント旧多賀鉱山。かつてこの地域で盛んに産出された石灰岩を採掘していた廃鉱である。
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赤錆た門を突破した先に山を抉りとって生まれた広大な平地がある。途中の狭隘で急な山道が嘘のようだ。
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インターネットで見られるここの探訪記はバイク乗りの方のそれが多いが、確かにバイクで走り回ると楽しそうな場所である。もっとも、ここに至る山道があの有り様なので現在はバイクで来ることは難しい。
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広場の裾側の斜面にはところどころ防空壕めいた石室がある。
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この鉱山は発破式で採掘されていた。
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爆破の際に作業員が身を守ってきた待避所は頑丈な造りだが
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今は蜂が巣を作り、入ることもままならなかった。
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この物件で一番目立つ建物。重機の車庫だろうか?
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壁は無惨にも剥がれて、なぜかテレビが転がっている。
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97年製とのこと。ここは昭和40年には閉山しているので不法投棄である。こんな山奥にもなると捨てに来る苦労と浮かせた粗大ゴミ処理費用が釣り合わない気がする。

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ミサイルか?
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車庫(仮)の裏側。
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石灰岩を細かく粉砕するミキサーかもしれない。煤けた色と覆われた草で天空の城ラピュタのロボットのようになっている。

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麓を見下ろすと近江平野が一望できる。(木が邪魔)快晴の日なら琵琶湖も見えるだろう。
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遺構はまだある。

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木々を掻い潜ってコンベアが伸びている。粉砕された石灰岩
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このままコンベアを下り、
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遠く見える麓に運ばれていた。(木が邪魔)

それにしてもここで働いていた作業員がどうやって移動していたのかが分からない。リフトか何かがあったのか。
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すぐ隣にコンクリートの基礎(建物の痕跡?)があり、なにやらそれっぽい柱もあるが人間用リフトの柱にしては貧弱すぎる気もする。
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振り返ると車庫(仮)が見える。そろそろ帰ろう。
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道のりがヤバいがなかなか良い物件だった。
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と、ここで石垣がヘビが出てくるハプニングがあったが無事帰路についた。

補足

  • 住友大阪セメント多賀町内にもう一つ採掘場を持っており、そちらは現役である。
  • ややこしいのがそちらも「住友大阪セメント多賀鉱山」を名乗っているのである。検索するとそちらがトップに出てくる。
  • 地元では多賀鉱山と言うと現役の採掘場を指し、こちらはイワス山と呼ばれているらしいのでタイトルに併記した。
  • 山側の絶壁には方解石の結晶が転がっているらしいが、帰ってきてから知ったのでお土産にできず残念。