満洲事変

向こうは死に体でこっちは一番なんだ

泡沫政党を悼む

2016年も個性的な政党が結党され、そして消えていった。

 

日本を元気にする会

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みんなの党の残党の参議院議員が集まって2015年1月に結党。タリーズコーヒーの創業者の松田公太代表が今年の選挙で再選するために必死であれこれ策を張っていた姿が印象的だった。去年の暮れに離党者を出して所属議員が4人になったのが運の尽き(5人いないと政党要件を満たせず政党助成金が貰えなかったり比例代表候補を擁立できない)で、その後は乙武洋匡氏を出馬させようとして誓約書まで書かせたのに自民党に逃げられ、逆ギレして氏の不倫を文春にタレコんだり色々やったが、結局代表は出馬を断念して参院選には1人も候補を擁立しなかった。参院選後残された2人の非改選議員が会派存続の届け出を出さず、自然消滅。合掌。

 

改革結集の会

 

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 去年の12月に維新の党の分裂騒ぎの中で維新の中間派(非大阪系非結い系)がひっそり結成した党。代表は村岡俊英衆院議員だったが、中心となったのは大臣までやったのに民主党政権が傾いたときに維新に逃げだした小沢鋭仁衆院議員だった。小沢議員は離党の経緯で地元の山梨の民主党から恨まれ、民維の選挙協力が始まると地元に居られなくなり、比例近畿ブロックに転出して単独1位で悠々当選していた。これにより比例の1枠を取られた大阪系にも恨まれて分裂騒ぎが始まると微妙な立場になってしまった。こういう背景で結成された党だったが、結成後は目立った政局に絡むことはなく、3月に民進党が結成されると小沢議員以外の4人は民進党に合流し、小沢議員は維新に出戻りして解散。わずか3か月の短い生涯だった。合掌。

 

新党改革

 

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この党は(他の泡沫政党よりは)歴史が古く、2008年に民主党の一部議員と新党日本が潰れてから無所属だった荒井広幸議員が「改革クラブ」として結成した政党。その後下野した自民党を見限った舛添要一参院議員(当時)を迎えて「新党改革」となり、2010年の参院選は舛添効果で政党要件をクリア。しかし舛添招聘の過程で議員の入れ替わりがあり、新党改革は徐々に荒井議員の個人政党になっていった。そして荒井議員が改選を迎え、新党改革の政党要件が切れる2016年の参院選新党改革は必死の生き残り策をいくつも講じた。

 

まず、コミケ表現規制反対を訴えてネットでカルト的な人気を得つつも、ド下手くそな政局センスで民進、維新をはじめとした主要政党をほぼ出禁になっていた山田太郎議員を拾った。

 

次に大麻解禁を主張する女優の高樹沙耶(後に容疑者)を東京選挙区に擁立し、大麻解禁関連比例票(あるのか?)の掘り起こしを狙った。(高樹沙耶を比例に出すと個人票が荒井議員より集まり高木当選荒井落選という本末転倒な状態になる可能性があるのでできない)

 

最後に泡沫政治団体「平和党」の代表の大坂佳巨氏を擁立した。これは「おおさかさん」を立候補させることで「おおさか」と書かれた「おおさか維新の会」票を頂くという戦略である。

 

しかしこれらの手段を選ばない戦略も実を結ぶことなく獲得議席数はゼロに終わった。個々の戦略はどうだったのかというと、山田議員は予想外に29万票の個人票を集め、大いに党に貢献したものの荒井代表の6万票を大きく上回る結果となってしまった。大麻候補高樹沙耶は東京選挙区で6万票を集めた。しかし10月になって大麻所持で逮捕され、皮肉なことに新党改革は消滅後に世間の注目を浴びることとなってしまった。疑問票狙いの「おおさか」さんはわずか3600票で落選。普段本家の方は「維新」の方を連呼しているので当然かもしれないが残念極まりない結果である。

 

選挙終了後、荒井代表は政界引退と党の解党を宣言。新党日本に続き荒井代表の生涯2回目の解党宣言になった。合掌。

 

 

 

まとめ

 

第3極の政党が軒並み衰退傾向にある中、様々な議員の生存戦略と最後のあがきが見られた楽しい一年だった。2009年から続く政党の離合集散も一段落してしまった感があるので、来年はこのような騒ぎは少ないかもしれないが引き続きニュースの隙間に出てくる小政党の動向をひっそりと見守っていきたい。

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