満洲事変

向こうは死に体でこっちは一番なんだ

雪の「アクアパーク東山」と京阪京津線廃止区間ぶらり歩き

去る1月17日、前々日の積雪が残る朝の京都で雪景色を求めて写真を撮ってきた。

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山科駅を降りて徒歩数分。何の変哲もない遊歩道のように見えるが実はそうではない。
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陵ヶ岡みどりの径と名付けられたこの場所はかつて京阪京津線の線路があり電車が行き交っていた。
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かつて三条京阪から山科を経由して浜大津まで向かっていた京阪京津線は1997年の地下鉄東西線の開業により東西線への乗り入れと引き換えに並行していた三条京阪~御陵間が廃止されることとなった。
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陵ヶ岡みどりの径は約4キロの廃止区間のうち、京津線の現存区間と地下鉄の分岐点から旧御陵駅までのわずか数百メートルの空間だが、民家の軒先を京阪電車が走り抜けていた往時を偲ぶことができる。

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御陵駅跡地にはホームをイメージした屋根がありここがかつて駅であったことを示している。
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ここでみどりの径は終わり、かつての線路は路面区間に入る。この交通量が多い三条通京阪電車が走っていたのだ。そんなことを考えながら歩道を歩いていると奇妙な物を見付けた。
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近江鉄道バスのバス停、時刻表は無い。いわゆる免許維持路線のバス停である。定期観光バスを運行する為に名目上路線を設定し、年数回だけ路線バスを運行する。年数回しかバスが来ないバス停という代物である。詳しいことはググってほしい。
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どんどん道を行く。残念ながらこの付近には京津線の遺構はほとんど残っていない。
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道路の片隅に現れたのは京津国道改良記念碑である。昭和8年に建てられたこの碑は旧三条街道の車石の廃材が使われているらしい。
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さらに急な坂を登っていくと今度は京津線廃止時の改良記念碑とモニュメントがあった。三条通は数十年毎に改良されているが渋滞は一向に消滅しないので長生きすればまた数十年後に工事が行われて改良記念モニュメントが建つ様子を見れるかもしれない。
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九条山に達した所で三条通に別れを告げこの日のメインスポットに向けて東山ドライブウェイを行く。10センチも積もった雪が全く除雪されていない上にこの写真の場所の後歩道が消滅してスニーカーで来たことを後悔した記憶があるが道中の写真を残していなかった。
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京都と山科の間、東山の山中に残るプール施設の廃墟、アクアパーク東山。門にはSECOMマークが光り侵入は困難だが道から全景を望むことができる。
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雪のプール、しかし雪が溶けても二度と営業が再開されることはない。
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10年ほど前に閉業したと言うが当時何度も下の三条通を通ってる筈の自分も存在を知らなかった。
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劣化はそれほどでも無かったがいかんせん山中なので植物の侵攻が激しかった。恐らく夏に訪れると蔦で覆われたウォータースライダーや看板などを見ることが出来るだろう。
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他の方が書かれている訪問記を見ると4時半で止まっている時計が11時前を指していた。しばらく生きていたのだろうか?
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ところでこの周辺に全和凰美術館という別の廃墟があるのだが完全に忘れていて行かなかった。積雪オプション無しのアクアパーク東山と合わせていずれ訪問したいと思う。

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