満洲事変

向こうは死に体でこっちは一番なんだ

旧東青山駅(近鉄大阪線)と旧青山変電所を往く(1)

3月某日、またしても廃墟を目指すべく原付で数十キロ走り三重県津市の山間部にやって来た。

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国道169号の交差点から車がすれ違えない程の細い道を行った先にあるリベラルパーク青山なるキャンプ場と庭園からなる施設は休業日。だが元からここには用は無い。今日の目的地、旧東青山駅はここの更に奥にある。

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この日原付で来たのは道幅が狭く車で到達するのは困難、しかし電車では最寄駅からは徒歩1時間半かかると言うアクセスの悪さがあった。しかし、この路盤の状態と勾配では原付でもどこまで行けるか分からなくなってきた。
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と思ってたら案の定舗装が終了。河原みたいな石がゴロゴロしている鬱蒼とした山路を慎重に登っていく。
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進んでいくと現れたのがこの坂。「アカン…」と声が出てしまった。写真では分かりにくいがこれは登山道並の勾配だ。原付はここで乗り捨ててこからは徒歩で登る。

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なんか立派な滝まであるしとんでもないところに来てしまった…本当に駅なんかあるんだろうかと不安になってきたところで…
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オッ!
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歩くこと10分、目に飛び込んで来たのはまさしく近鉄大阪線、旧東青山駅。大阪方面のホームの遺構が迎えてくれた。

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谷間にある駅だが構内はかなり広い。2面3線のホームは当時単線だったこの区間で特急の行き違いを可能にしていた。

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近鉄大阪線大阪上本町と名古屋を結び、総延長は100キロ超。ちなみに現在では阪神線と直通運行が行われ神戸三宮まで乗り入れている。私鉄にしては珍しいこの長距離路線は戦後に名阪間の輸送の主役となり更なる輸送拡大とスピードアップが求められるようになった。時は大阪万博も近付く1960年代後半である。
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しかし問題となっていたのはこの青山峠越えの区間。この区間は単線で線形が悪く、輸送上のボトルネックとなっていた。(画像は駅東側の滝谷トンネル)
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そんな中1971年にこの滝谷トンネルの東側にある惣谷トンネルで列車暴走衝突事故が起こり、遂に複線化と新線建設を伴う線形改良が行われることになった。この事故についてはWikipediaが詳しい。(→近鉄大阪線列車衝突事故 - Wikipedia
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ともあれ大幅に線形が変わったことでこの旧東青山駅を含む2つの駅が移転、2つの信号所、10本のトンネルが廃止となったのが1975年。東青山駅は2.7キロ東側に移り旧駅はお役御免となり付近は新青山トンネルがぶち抜いている。

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ホームの北東、名古屋方に残る半分森に呑み込まれた廃屋。その西隣には手洗い場。トイレの遺構だろうか?と思って近付くと
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 ビンが転がっている。
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脇に自販機の遺体が横たわっていたので恐らく売店の遺跡のようだ。この廃駅、駅舎は倒壊したのか取り壊されたのか現存しないが、この売店はコンクリート作りのしっかりとした建物なのであと50年でも持ちそうな雰囲気だった。
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建物は残っても備品は着実に自然に還っていく。

↓につづきます。

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