満洲事変

向こうは死に体でこっちは一番なんだ

幹線道路沿いの廃SL ─ 多賀SLパーク

多賀大社門前町で知られる滋賀県多賀町を訪れる道すがら、奇妙な物件を見つけた。

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近江平野を縦断する国道307号線沿い、突如として現れた朽ち果てたSL。周囲には何らかの建物の基礎と思われる痕跡が残る不自然なコンクリート舗装の空き地が広がっている。

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調べてみるとどうもここは「多賀SLパーク」なる施設の跡地らしい。

Wikipedia多賀SLパーク - Wikipedia)によると、1976年に開業したこのSLホテル(国鉄が払い下げたSLに客車を併結して客室としたホテル)は正式には「多賀ハイウェイパークレストラン」の付属施設でSLブームに乗って開業したもののブームが去った1980年代には廃業したという。

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閉業まで10年前後しか持たなかった典型的な残念観光施設といった具合である。

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その後SLは30数年間ノーメンテで放置され続け風雪に晒されこの姿になったという。未確認だがGoogleマップのレビューには放火に遭ったという情報もあった。汽車の顔だったはずの「D51」のナンバープレートも何者かによって持ち去られている。

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かつて全国で先を争うようにSLの払い下げと静態保存が行われたが、現在もその姿を留めている車両は少ない。こうやって自然に朽ちるのを待つままのSLも居ると考えると、払い下げられたはいいものの数年で保存に困り解体された車両はまだ良い方という気もしてくる。

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実はここにはまだ奥があった。

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SLの後ろには100mほどの線路が続いており、ちょっとした廃駅のようになっている。現役時は客車が連なっていたようだが解体されたらしく痕跡は一切無い。茂みに向かっていく緩やかなカーブがここが本物の廃線跡かのように錯覚させる。

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表にあるのがSLの墓標なら奥にあるのは公園の墓標である。

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自治体が管理する公園ならこのように朽ちるまで放置されることは無いと思われるのでここもハイウェイパークの一施設だったのだろう。

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滑り台が植物の生命力に完敗している。

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滑り台の後部は茂みと直結していて元々がどのような形態だったのか想像も付かない有様だ。

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唯一乗れそうな遊具が近頃なかなか見ないこのカゴ式ブランコだった。遊具の事故で敏感になった世間の声も所有者が放置する廃墟には届かない。財産権は強い。

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この建物は飼育小屋だろうか。このサイズだとニワトリぐらいが限度のような気もするが。ともかく、この物件で建物らしい建物はここだけだった。

雑記

・SLの北側は崖、公園のすぐ横は茂みに包まれた丘になっており、平地が少ない物件。現役時に果たしてどこにレストランが建っていたのか今一つ想像が浮かばなかった。

・幹線道路沿いだがかなり容易に入れてしまう。というか地元のオババが孫を遊びに連れて来ていたぐらいの雰囲気で廃墟特有の怪しさは無い。(ボロSLにカメラを構える自分はかなり怪しかったが)

・ところでこんな有様だったがなんとか活用できないかと地元では何とか頭をひねっているらしい。妙案があれば多賀町役場まで。

滋賀・多賀のSL、魅力再発見 11日にトーク、写真展 : 京都新聞

30年以上放置の多賀SLで再び町おこし 町民から活用策募る 滋賀 - 産経ニュース

 では最後に朽ち果てたSLと活気ある多賀SAの駐車場の遠景の対比を。

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