紀伊山脈奥地、水上の楼閣―旧摺子発電所(七色ダム)

2月某日、今回の巡行はいきなり湖上から始まる。

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奈良県上北山村七色ダムの水上、小雨が降り注ぐ小型ボートの上で撮った写真が旅の記録の最初となっている。ここから向かうのは到達難易度が高い大物廃墟である。

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慣れないボートの操縦に四苦八苦すること十数分、見えてきた白い建物は旧摺子発電所。昭和4~6年の建築で、1965年にダム湖に水没すると同時にその使命を終えた発電所である。

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先ほどの地点からさらに数十分。何度もエンジンが停止するトラブルに悩まされながらようやくたどり着いた。深緑の湖面が白い建物によく映える。

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側面からの光景。水没部があるので何階あるのかは分からない。湖面に2層の建築が浮いているかのようだ。

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屋内に潜入。天井の白さ、湖面の緑、柱の黒、3色の世界がそこにある。

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この間もボートの漕艇は困難を極め、勢いづいて壁に激突しそうになっては反転を繰り返しながらなんとかフレームに収めた写真がこれらである。

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ようやく接岸してボートを降り、内部に侵入することに。

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逆からのフレーム。この階段を上ると…

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またがらんどうの白い空間が広がっていた。遺留物は全く見当たらない(廃墟化から50年経っているので当然である)

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発電所廃墟名物フジツボっぽい形状の陶器の部品(名称失念)

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時間もさほどないので切り上げて二階へ向かう。

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あそこに二階への階段があるが水没していてそのまま向かうのは不可能だ。(当方気さくなスニーカーのおっさん)やむなくボートで外に大回りして外壁からの侵入を狙う。

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下に見えるのが接岸したボート。ここは本当に何度も折り返しを繰り返して苦労しながら接岸したので写真を撮っている余裕は全く無かったので画像は割愛する。

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二階の小部屋は侵入者によって燃やされた形跡が生々しい。落書きも残されておりここだけ異質な雰囲気を放っていた。

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二階から見る半水没部の屋内は想像以上に美しかった。

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反対側からの景色。天気が良ければ光射す濃緑の水面がなお美しかったと思われるだけに天候が恨めしい。

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なかなか冒険心を探られる良質な物件だった。名残り惜しいが疲労がピークに達する前に撤退しないと帰りのボート操縦が持たない。

建築時はこの揚水発電所が管流しを妨げると地元で軋轢を生んだという。そうした経緯を持つこの発電所がかつてここに人が住んでいた証としてその姿を残しているのは皮肉なものである。この廃墟はおそらくわざわざ取り壊されることは無いだろう。紀伊山脈の奥地のさらにダムの奥という秘境中の秘境にかつて人の営みがあったことを伝える墓標として摺子発電所はあり続けていくのだろう。